日本語と少年サッカー

広く日本語に関わることとサッカーについて

自分の子の相対的な位置を知ること


サッカーに絶対的な能力評価基準は無い

自分の子供が試合に出ることができるかできないかの定性的条件判定は、言葉にするとごくごく単純である。今試合に出ている子の長所と短所を合わせた能力と自分の子の長所と短所を合わせた能力を比べて、自分の子の方が上であるならスタメンになれるだろうし、今試合に出ている子とは異なるがそのポジションには有効な長所を自分の子が持っていれば、スタメンは無理かもしれないが途中交代で出られる可能性はある。それらがなければ、今スタメンの子のポジションを奪うことはなかなか難しい。だから試合に出るためにすべきことは、そのポジションに必要な長所を伸ばし短所を克服することである。
このように単純化して言ってしまうと、別に当たり前のことを言っているだけになってしまう。しかし、ポジションを争う子との相対的な長所短所の話を簡単に定性的に行ったところで、実際の判断はどうやって行うのかということになると、当たり前のことと簡単に言えるものではない。絶対的な比較基準などないのだから。

チーム内の相対的な位置

このため、チーム内の自分の子の相対的な位置を知ることが非常に重要になってくる。うちの子は、最初のチームで並ぶ者のないほど上手な選手という地位を獲得し、本人がそこでは満足できなくなり、より強いチームに移籍した途端試合に出られなくなったのであるが、これは、まさに相対的な長所短所の結構極端な実例である。自分の子の長所短所は変わらないのに、最初のチームのコーチには、他の子の長所短所と比較すると長所が秀でて短所が無いに等しいと評価されたのに対し、移籍後のチームのコーチには長所が長所と言えず、かつ短所が目につくから試合に出られなくなってしまった可能性が高い。

小学生に限らずJリーグも日本代表も同じ

試合に出られる出られないは相対的なもの。
これは当たり前の話で、日本代表を見てみれば良い(ロシアワールドカップの代表選手選考の例を見ると、なんかそうとも言えない気もするが)。
Jリーグや世界のプロチームで活躍する選手ですら日本代表メンバーの中では控えになる選手が当然出てくるが、これは、言うまでもないがスタメンの選手との相対的評価の差によるものである。

自分の子の相対的位置を知ったら後はその位置を上げるために作戦を立て実行するだけ

自分の子の長所短所とポジションを争う子の長所短所を相対的に把握したのならば、すべきことは自ずと決まる。
ポジションを争う子との相対的な評価を逆転させることだ。場合によっては、ポジションを争う子の評価が自分の子が逆立ちしても無理そうな場合がある。ポジションを争う子がそのチームのキーパーソンとなっているような場合だ。そのような場合は他のポジションのスタメンの子をターゲットに自分の子の相対的な評価を逆転させる策を練って実行すれば良いだけのことである。小学生のうちのサッカーは、キーパー以外は、それほどスペシャリストとしてのスキルを要求されるものではないのだから。たとえスペシャリスト的なスキルを求められるようなチームであったとしても、小学生年代では、そもそも異なるポジションをこなすことは、今後の成長のために必要なことであるので、別に後ろめたく感じる必要なく別なポジションの適性を磨くことをするべきである。