日本語と少年サッカー

広く日本語に関わることとサッカーについて

「坊っちゃん」おそるべし(坊っちゃんのマドンナ)


引き続き夏目漱石の「坊っちゃん」を分析。
今回は、坊っちゃんのマドンナだけに着目します。「坊っちゃん」におけるマドンナではなく、坊っちゃんのマドンナです。
次の坊っちゃんの発言の羅列を総合的に見てあなたは坊っちゃんと清の関係をどうみるか。
・あんな気立てのいい女は日本中さがして歩いたって滅多にはない
・どう考えても清と一所でなくっちあ駄目だ
・どうしても早く東京へ帰って清と一所になるに限る
・おれも余り嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った
これはどうみても恋人に対する感情である。
しかし、清は十年来召し使っている「年老いた」下女(お手伝いさん)である。なぜ、この清に坊っちゃんはこれほど執着するのか。
この謎は、清が登場するほんの数行前の母の死と関係あると思える。
坊っちゃんはなんと、母が病気で死ぬ二三日前に台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨を撲(う)っており、それを母が怒り、御前の様なものの顔は見たくないと云われてしまう。
そして母の死に際し、そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと反省している。
この母の死のほんの数行後に清が初登場するのである。これは、母の死を契機としたマザコンの発症であると断言できる。極めつけは次の発言である。
・おれは若い女も嫌いではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持がする。大方清が好きだから、その魂が方々の御婆さんに乗り移るんだろう
もはやこれまで。これ以上書く必要はないでしょう。各自、坊っちゃんイコールマザコンの視点で「坊っちゃん」を読んでいただきたい。