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鉄腕DASHの陣馬山PRが間違っている件


2019年5月19日の「ザ!鉄腕!DASH!!」にて、高尾山より訪れる人の少ない陣馬山の紹介をしていました。一応、陣馬山にもっと人が来て欲しいのでPRすることを目的とした作りになっています。
しかし…

鉄腕DASHができるPR手法の限界

鉄腕ダッシュの番組の性質上、単に観光地の風景に価値を見出して終わりということはなく、0円食堂のノリで、タケノコや山菜が、自生しています。美味しいですというような感じの構成になります。これは鉄腕ダッシュだから仕方がないです。

乱獲禁止の注意書テロップ

テロップで「乱獲禁止」と出ているのですが、これは少量なら採って良いと取られかねない表現です。しかし山の人たちは、陣馬山の幸を採りに来てねと積極的に言っているのだろうか。山の幸は採らず、山の風景、ハイキングすること自体を楽しんでほしい。加えてお店や宿を活用してほしいと望んでいるのではないだろうか。

山の幸採集の煽り

しかもタケノコ都内なら何千円、こごみは何百円もするほど高価なのに、ここではたくさん自生していますとワザワザお金に換算して煽るのは悪趣味というか。中には自生というより山の所有者が採集するために生えさせているものもあるでしょうに。しかも番組中に表示される価格が高級スーパー価格なのかお高めな値付けであるし。射幸心というか、陣馬山ハイキングそのものの魅力に訴えるのではなく、金銭的観点で得をしたいという心に訴えたPRではないだろうか。要は、この番組を観て陣馬山に行くかと思う人たちは、山の幸を採れるのであれば、陣馬山にこだわる必要のない人たちなのではないでしょうか。

来てほしい人へのPRになっているのか

このような陣馬山アピールは、諸々の情報を繋げると、「たくさんの人に陣馬山に来てほしい!高価なタケノコ、山菜、川魚が無料で採れますよ!だから交通費使ってもプラスになるかもね!ただし乱獲は禁止ね!」と視聴者には取られます。つまり、山の幸を取りに陣馬山に来て下さいと言っていることになる。
しかし、所有されたり管理されている野山に生えているものを勝手に採るのは、畑の野菜を盗るのと同じ。評価基準は乱獲かどうかではないです。今日から早速「乱獲ではない、自宅で食べる分しか採っていない」と言って採っていく奴が出て来そうです。

これが陣馬山ハイキングに来てほしい人向けのPRになっているのか疑問です。

乱獲禁止はミスリードな表現

「乱獲禁止」という表現を「山の所有者の許可を得て採っています」と変えて書くだけで違うし、「山の所有者に対価を払って採っています」くらいすべきです。「テレビだと許可あればタダで採らせたのなら、俺たちにもタダで採らせろ」という奴さえ予測できるから。

やはりスポットの当て方がまずい

陣馬山の良さの表現が、自然の豊富な食材にスポットを当てているため、この放送を見て陣馬山に行こうと考える者の多くは、食材に惹かれてということになる。これで、山小屋や宿の山菜料理や川魚料理に舌鼓を打つなら良いが、都心から日帰り圏の陣馬山だと、山菜やタケノコ採られるだけで終わるケースが多いのでは。
山菜やタケノコ取られても問題ない量が自生している、所有者も黙認もしくは明示的に許可しているというのであれば、構わないかというと、まあ、法的にはそうでしょうが、他の山でも盗りますからね、採る人は。その際に、なんとか山は採っても良かったのに、この山はケチだなぁ…とか言うような者が出てきかねないから、禁止を貫くべきと思う。

昔見た不快なケース

山道で自生のランを持ち帰ろうとしている人を見たことがあります。何も言えなかったですが、不快な気持ちはずっと続きました。そこに咲いて美しいと思ったならば、そのままにしておけば、また次の人もそれを見ることができるし、来年もまたそこに行けば見られる。しかし1人の人間が持ち帰れば、それでおしまい。ついさっきまであった美しい花は、その後通る人は見ることができない。そもそも、その人が通り、美しい花に気づいたということは、それまでの人は気づいても盗らなかったということ。どうして盗るかなぁ。

鉄腕ダッシュの限界

ハイキング名所としての観光地アピールであれば、山の幸を愛でる他の方法が良かったと思うけれど、それは鉄腕ダッシュのコンセプトからは無理だとも思う。

しかし、「乱獲禁止」の表現は酷いです。「乱獲じゃないから採って良いだろ」という者が出て来る懸念が消えません。テレビ局の人でこのあたりのニュアンスに気づかないということは考えられないので、意図してこう表現していると思われます。

権利意識の強弱の問題ではない

海の幸の時にはこんな表現はあり得ないです。アワビ、伊勢エビの場合に、「乱獲禁止」なんて表示で海の幸採集のアピールをすることは漁業権が絡むのでありえない。山は個人所有だったりするからテレビでの扱いも甘いのだろうと邪推しますが、海の幸・山の幸の資源問題は権利意識の強弱で区別するべきでない問題のように考えます。