日本語と少年サッカー

広く日本語に関わることとサッカーについて

東大阪大学柏原高校いじめ動画に関する学校メッセージのダメさ加減


東大阪大学柏原高校のいじめ動画については、動画内容も酷ければ、拡散したことも残念なことであるけれど、様々な立場の人が色々な思惑で動いているのだなと思わざるを得ない。

学校のメッセージ(ホームページ画面)

f:id:cure_researcher:20190620053627j:image

http://kashiwara.ed.jp/archives/15548/

「全学年で人権教育講座が行われました」という前記事のリンクが痛々しい。

メッセージを出す原因となったよりひとさんのtwitter投稿

https://mobile.twitter.com/yorihito_vine/status/1140517797425848321

よりひとさんの思惑

これはもう売名目的ですね。格好のネタを得たというところでしょう。加害者はまだしも被害者の顔にもモザイクをかけていないことから、加害者に正義の鉄槌を下す意識はあるのですが、被害者に寄り添う気持ちはないようです。twitterとyoutubeで動画をアップしているが、twitterにはyoutubeのリンクがないことと、twitterでは複数の在京テレビ局からの問い合わせがあったこともつぶやいていますから、単純なyoutubeのアクセスアップだけが目的ではなく、広く活動する目的での売名行為なのでしょう。その意味で如才ない人ですが、なぜか被害者に対して何もケアしないので、この点の詰めは甘いです。これは、この人も結局、加害者という弱みに付け込めばどんなに追い込んでも良いし、その方がウケると考えているようで、その意味ではイジメ動画をSNSにアップするイジメ側の人間と思考回路が何ら変わらないと取られてしまう可能性がある(というか、そもそもそういう発想の人であるとしか思えない)ので、youtuberとしては固定ファンと時々の炎上で地位を得ることができるでしょうが、広く活動するにあたっては、この姿勢は足かせになると思われます。

東大阪大学柏原高校の思惑

対応は比較的迅速で、動画拡散の翌日にはメッセージを出しています。この点は、過去の炎上ケースを学んでいるようなので、この辺りに知見のある先生がいらっしゃるのでしょう。しかしツメがかなり甘いです。当事者になると客観的に振る舞えなくなるのは仕方がないです。冷静にことを進めることのできるブレーンと言える人はいないようですね。

評価できること

対応として評価できることは2つあります。

  1. 動画拡散の翌日にトップページから繋がるメッセージを出したこと。これは早いです。
  2. 「全学年で人権教育講座が行われました」のリンクを消さなかったこと。イジメ発覚に関する記事の前記事が人間教育を行ったというのでは、あまりに出来すぎたジョークです。故に消したかったはずです。しかし、過去の炎上ケースを見ると、ここで消すと必ず油を注ぐことになります。

しかし、評価できないこともあります。これは当事者視点しか持たなかったからだと思われます。別に怪しいコンサルに頼む必要などなくて、校内の国語の先生でも良いので、ちゃんと客観視できる人にブレーンを依頼するべきでした。だって高校なのだから、文章のことをよく分かっている人がいるはずです。まあ、学校といえど上の意向という組織の力学が働いたのでしょう。かなり残念な結果になっています。

何に対するメッセージか

学校としては事の重大さを厳粛に受け止め、真摯に対応して参りますのでご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

と、ここだけ抜き出すと、動画拡散翌日のメッセージとしては良いとは思うのですが、そもそもタイトルがマズイです。

タイトル:「今回の動画拡散について」

これは、学校としては、動画拡散が問題であると言っているのです。イジメ自体はタイトルに出てきません。つまり、「事の重大さ」は、イジメではなく動画拡散しか指していません。せめてタイトルが、「今回拡散された動画内の事象について」くらいであればまだ良かったのに。

イジメという言葉を使わないこと

ただし、文の書き出しが、

今回のSNS動画内にある事象については、

であり、イジメという言葉は使っていないのは、仕方がない面もあります。まだ調査中でイジメと断定できていないのであれば、イジメとは書かないからです。しかし、学校は、

事前に内容を把握しており、事態の収拾に向けて対応を進めておりました。

と、"やるべきことを迅速にやっているのに、動画拡散のせいで困惑している"というスタンスで書いています。そして、このスタンスが透けて見えるのがいけません。事前に内容を"把握"しているならば、イジメかどうかは判定できるはずです。ならば何でイジメかどうか言い切れないの?把握できてないではないか、把握できていないのに収拾しようというのか?ということになってしまいます。

学校の調査力の限界を自ら暴露

今回のSNS動画内にある事象については、事前に内容を把握しており、事態の収拾に向けて対応を進めておりました。

というのがポイントです。学校は、事象は動画拡散前に把握していたが、動画の存在は把握していなかったと言っているのです。だから、やれることといえば、当事者に聞くことくらいしかできず、イジメか否かの判定ができなかったということです。内容が内容だけに、加害者が本当のことを言うとは思えませんし。だから、動画を入手できなかったという事実だけでも、学校が非難されても仕方ありません。拡散については、そのことだけ見れば良くないことですけれど、これがなかったら、学校の言う"収拾"は、"解決"とは程遠いものになっていたと想像できてしまうから。逆に、既に拡散前に動画を確認していたのにこのようなメッセージを出しているのであれば、それはそれで非難の対象になるでしょう。なざならば、動画を確認すれば、これはイジメなのは明白なのですから。

問題解決と事態の収拾の違いに気づかない

結局、学校側は、事態を"収拾"しようとしていたということです。問題を"解決"ではなく、「事態の収拾」なのです。だから、迅速な対応はいらないという認識なのです。生徒に関する重大な問題だと思えば迅速に対応するはずです。しかしそうではなく、単なる出来事として考えていたということです。これでは解決などしません。
そうなると、学校の対応に不満を持つ人が出てきてもおかしくありません。そしてこういう時に解決を促すのが、残念ながら最近ではSNSなのです。

学校より上手の動画提供者

よりひとさんによると、動画は、主犯格に二股を掛けられた女生徒からの提供ということになっています。しかしまあ、これはカモフラージュかもしれません。こう書けば、男子校である東大阪大学柏原高校の生徒が提供したのではないことになります。今回の学校のメッセージは、イジメに関するものではなく、あくまで動画にフォーカスしたものなので、動画提供者探しはしているはずです。これを見越して、提供者は最初から東大阪大学柏原高校の生徒ではないと思わせるために女生徒を名乗ったと。動画提供者がわざわざ何故提供したのかとその理由を言う必要はないですから、こう考えた方が理にかなっています。まあ、提供者の方が炎上対応に関しては学校より上手ということですね。というか、仕掛ける側の余裕ですね。女生徒だと言っているのに、学内で犯人探しをしつこくしようとするのは、学校が生徒を信用していないことになりますから。

デマかどうかの言及

学校はよせば良いのに、

ネット上では学校の対応に問題があったのではないかとの憶測やデマがあり

などと書いています。しかし憶測は仕方ないでしょう。あのような校舎内で起きた衝撃的な出来事を学校が把握していないのだから、それだけを以って問題があると言われても仕方がないでしょう。まさかあの動画撮影の時だけイジメ行為があって、それ以外の時には全く和気藹々としていたなどというのは誰も信じららないです。あの動画には、短い時間に、3つの異なるイジメ場面が撮られています。3つもです。そもそも事態は把握していたのに動画は把握していなかったわけであるから何も言えないと思います。憶測は仕方がないでしょう。縁もゆかりもないyoutuberが入手できた動画を、対応を進めてきた学校が存在自体知らないと言うのだから。ただし、先述の通り、学校は知っていたとも言えないわけです。あと、デマという言葉は強い言葉です。学校のウェブページでデマとまで書くからには、その内容が誰にでも分かるのでないなら、何に対してデマと学校が考えているのか書くべきです。ここは「対応に問題があったのではないかとの憶測やデマがあり」ではなく、「対応に問題があったのではないかとの憶測があり」でメッセージとしては良いはずです。これでも何だかなぁと言う感じですが、どうしても言いたいならこうすべきでしょう。この辺り、当事者の感情が抑えられていない感じです。組織の論理に抗って、国語の先生が頑張るべきでした。

動画に困惑している加害者

該当生徒はもとより本校生も困惑している状態です。

という記述もマズイです。このメッセージでは、まだイジメ認定していないスタンスだったはずです。つまり、ここでいう「該当生徒」には、加害者も含みます。しかし、この動画は加害者に弁解の余地のない行為が撮られています。もちろん彼も、その後起きていることの重大性から困惑するとは思いますが、わざわざこのメッセージ内に書くことではありません。この文で学校側が言いたい本音は、「該当生徒はもとより本校生も困惑している」ではなく、「学校(経営者と校長ら管理職)が困惑している」ということだけです。だから、それを隠すにしても、単に「本校生が困惑している」とだけ書けば良いところ「該当生徒」も入れてしまっているからいけません。もちろん、学校の意図は、「該当生徒」は顔出しされた被害者のことであるのは分かります。しかし、文章構成がマズイことと、本当は被害者側をダシに使っているだけという本音が透けているように見えることがいただけません。

結びのまずさ

学校としては事の重大さを厳粛に受け止め、真摯に対応して参りますのでご理解いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

ここで言う「事の重大さ」が、タイトルから見て動画拡散しか指さないので、もうダメです。あの動画が捉えた事実の「事の重大さ」については、この動画発覚翌日のメッセージで触れる必要がないとの強い意志が透けて見えます。これを見た者が、「それより前に、イジメについて真摯に対応しろよ」「誰が見てもあれはイジメなのにそれには言及なしなのか」と思ってしまうような文です。何でこんな文章構成にしたのでしょうか。高校なのだから、国語の先生がたくさんいるでしょうに。しかも大学付属なのだから、高校の先生よりも国語表現に詳しい人がいるでしょうに。

続報の有無が評価を分ける

よりひとさんは投げっぱなしでも良いのですが、学校側は、最初のメッセージだけだと本質が書かれていない感が強いので、どういう続報を書くかが学校の評価を決まると思われます。もちろんこれで終わりで書かないという選択もあります。既に炎上がやんでいるのであれば。それが一概に悪いともいえないところが、炎上対応の難しさです。

しかし、この短い文章にこれほどのマズイ点があるとは…なかなかですね。当事者になるということはそういうことなのかと思わざるを得ません。