日本語と少年サッカー

広く日本語に関わることとサッカーについて

外人と外国人


外人という言葉に対して、「外人という言葉は使ってはならない。外国人と言うべき」と言う人がいる。何かおかしい感じがする。

外人が良くない理由

外人には、外の人ということで、自分達以外の人という"よそ者"という意味を持つが、外国人には、単に"外国の人"ということで、そこに"よそ者"という意味は持たないからというのがその理由らしい。

範囲の外の人

また、外人という語の否定派には、もともと、外人には、中世以前には"範囲の外の人"という意味があり、そこに自分達を除外するニュアンスがあるからという。

現代に生きる我々

まず、中世以前がどうのと言う説に対しては、もともとそう言う意味があるからと言うのならば、「貴様」「オマエ」も目上、というか自分よりかなり上位の人に使う言葉である。そういう人たちは、見知らぬ人から「オマエ」と言われて、見知らぬ人の敬意を感じることができるのであろうか。

そもそも

日本人は、村意識・国意識が強いわけで。国はどことか、同郷とか昔から言っている。国の内か外かの違いは大きいのである。つまり、外国人というのは、単に日本以外の国の人ではなくて、その言葉にも、「よそ者」の意味を含んでしまうのである。だから外人がダメというのは、まあ仕方なく同意するとしても、代わりに外国人を使えというのは理解できないのである。

気になるのがネット辞書の記述

ここに次の記述がある。

よそ者というニュアンスを持つようになったため、使う相手・状況に注意が必要な言葉。

やはり注意が必要だと辞書も書いていると簡単に納得してはならない。ここに書いてあるのは、「よそ者というニュアンスを持つようになった」つまり、従来は「よそ者」という意味を持たなかった「外人」という言葉が「よそ者」という意味を持つようになってきたというのである。これは、「外人にはよそ者の意味があるから使うな」と言っている人たちは、期せずしてか意図的かはわからないが、「よそ者」という意味を持たせることを強化していることになるのである。よく考えるとおかしな話である。

論文

外人、外国人について述べた論文をみてみる。

http://libro.do-bunkyodai.ac.jp/research/pdf/treatises10/07okamoto.pdf

「不適切な」日本語表現考(岡本佐智子,
北海道文教大学論集 (10), 63-73, 2009-03)

http://libro.do-bunkyodai.ac.jp/research/pdf/treatises10/07okamoto.pdf

 

ここでは、次のような記述が参考になる。

国際化が始まった 70 年代は、国内の外国人登録者数は総人口の1%にも満たず、「あこがれ」の 欧米先進国から来日した外国人を特別視し、「外人」と呼んでいた。80 年代から 90 年代初頭には、 アメリカ人作家や記者によって、日本人が「ガイジン」を排除し、疎外していることが報告され、そ の出版物が相次いだことから、「外人」は差別的なことばであるとした偏った見方が広がった。

1970年代の"外人"は、最初は憧れの人という意味だったと言っている。"貴様"と同じやうな経緯を歩んだ言葉である。

ネット検索すると

ネットで「外人 外国人」と検索すると、外人という語が差別的だというページが数多見つかる。その中で、外国人の方に聞いて見たというものが結構ある。日本語の表現についてなのにおかしな話であるが、この謎は、先の論文で明かされている。

80 年代から 90 年代初頭には、 アメリカ人作家や記者によって、日本人が「ガイジン」を排除し、疎外していることが報告され、そ の出版物が相次いだ

ということです。結局、外人自身により、外人という言葉に"よそ者"という意味が付加されたわけです。「よそ者というニュアンスを持つようになった」のネタバレですね。なかなか数奇な運命を辿るな、外人という語は。これはつまり、外人という言葉がなく、外国人という言葉しかなければ、「アメリカ人作家や記者によって、日本人が「ガイコクジン」を排除し、疎外していることが報告され、そ の出版物が相次いだ」となるわけですね。

まあ、英語の"gaijin"という語には確実にネガティヴな意味があると言えそう。しかし、日本語の"外人"はそれとは別の言葉なので囚われる必要は本来ないのだけれど。

外国人も「貴様」と同じ運命になるのではないか

結局、外人を外国人と言い換えても、シチュエーション的に適切でない意味で使えば同じことなので、外国人という語もそのうち「よそ者」という意味を持つと言われるのではないだろうか。

新人

外人をダメだという人は、新人という言葉に対してもノーを言って欲しい。なぜなら、新人という場合、旧人という語を裏で想定しているのは明らかで、旧人というのは、劣っているというニュアンスを感じるわけだから。