日本語と少年サッカー

広く日本語に関わることとサッカーについて

高校球児の障害予防に関するトンチンカンな記事


なんか良いこと言っているようで、段々怪しくなり、最後がトンチンカンな記事。

問題の記事

ざっくりと内容を

要は、決勝進出の2校はエース以外も回せるピッチャーがいて、エースを休ませながら決勝まで進出した。これにより、次のことが言えるとのこと。

 組み合わせや投手の状態を見て、エース以外の投手で勝負する試合をつくる。複数投手を育成し、指導者が戦略を練れば、1人の投手に過度な負担をかけないようにすることができると実証した。

まあ、これなら特に否定することはない。そうですねで済む話である。続く文も、

レベルの高い私立校だからという反論もあるだろうが、上位進出や甲子園をめざすなら、エース以外の投手も育成しないと戦えない。

と言っており特に問題はない。

1試合で165球投げたことはいいのか、という声も聞かれる。前後のケアと、指導者、本人の話し合いがしっかりしていたことが、大きな事故につながらなかった理由の一つと考えられる。

ここで少し何か引っかかるものがあるが、まだ良い。

しかし、次から記述がおかしくなる。

 星稜にとって3回戦は、奥川とチームの成長につながる貴重な体験となったはずだ。

は?1試合で165球投げることをした?え?しかも、その理由づけに持ってきたコメントがまた筋が悪い。

「どんなスポーツでも、10代のある時期に負荷をかけることで選手が伸びるという部分はある。その機会を奪うべきではない」と渡辺元智・前横浜高監督。そのためにも、過度な負担をかけない戦略や、選手と指導者、トレーナーの連携が欠かせない。

いや、これ渡辺氏がどのような文脈で言ってるのかわからない文であるが、1試合で165球投げることの理由づけにこれはないわ。要は選手が伸びるための負荷を、選手が一番大切に考えている試合でかけろと言うのか。いやあ、伸びるための負荷は、練習中にかけておくべきじゃないのか?うーん、どう読んでもこの文脈では、意味がわからん謎理論になってしまう。
過度な負担をかけない戦略が欠かせないとのことだが、1試合で165球投げることそれ自体が過度な負荷なわけだから、その戦略とやらはどのようなものなのか。それとも、普段の練習で全力投球で毎日165球投げても平気な戦略があるのか?そんなものがあるのなら、ダルビッシュ選手に教えてあげると良い。

いやあ、試合で肉体的に負荷をかけろと言うとは。

そして渡辺氏の文脈はこれではないのかもしれないが、少なくとも、この記事においては、"10代のある時期に"という姑息なマジックワードが挟み込まれている。高校球児のみに許される過剰な投球数…。これは、データ出さないとダメだわ。過剰な投球しなくても、同じ結果出るかもしれないからね。しかし、なんでこんな訳のわからない記事が世に出るのかな。加速度的にダメになって行くこの文章に、何か不思議な感情が芽生える。

結論

「どんなスポーツでも、10代のある時期に負荷をかけることで選手が潰れる可能性はある。その機会を増やすべきではない」