2019年10月15日に行われたサッカーワールドカップ(W杯)アジア2次予選タジキスタン戦で活躍した植田直通選手に関する日刊スポーツの記事。たった5つの文のみで構成される短い記事であるのに、植田選手の扱いがあくまで"本来はリザーブの選手"というスタンスが徹底されている。これはちょっとヒドい。
実際の記事
ヒドい点
もうとにかくヒドいのオンパレードなので以下に列挙する。
タイトルからしてヒドい
「冨安不在で代役のDF植田…」タイトルでいきなり、植田選手は冨安選手より下と書いている。この情報は、必要だったのだろうか。本当にヒドい。「先発のDF植田」でも十分ではないだろうか。
記事中、冨安選手の名前の方が多い
植田選手の記事なのに、タイトルも含め冨安選手の名前が3箇所も出てくる。そして恐ろしいことに、植田選手の名前は2箇所。つまり、冨安選手の名前の方が多い。もはや確信犯。
あくまでサブであることを強調
冨安の負傷離脱で先発に起用されると
こんな枕詞なくても構わないと思うし、
冨安不在でも安定したプレーを見せて層の厚さを示した
なんて言うのも、これが植田選手に関する記事なのだから、「冨安不在でも」を取っても意味的には問題ないだろう。植田選手の活躍について書かれた記事であるのに、たたみ込むように植田選手は冨安選手の控え選手であると書いているのは、無意識なのかもしれないが悪意さえ感じる。
使われている写真
試合出場の記事であるのに、試合中のものではなく練習中の写真が使われている。しかも練習している場所は試合会場のようであり、サブとしてハーフタイムに練習している姿のようにも見えてしまう。これほどまでの"植田選手は冨安選手の控え選手である"という演出が必要なのだろうか。植田選手が試合で活躍した記事なのであれば、試合の写真を使うべきではないのだろうか。
この記事が一番言いたいこと
この記事で、記者が最も言いたかったのは、最後の文なのだろうと推測する。
冨安不在でも安定したプレーを見せて層の厚さを示した。
特に、この文にある、日本代表の"層の厚さ"という言葉を書きたいがために、植田選手があくまで冨安選手が怪我でなければ出場できないサブの選手という印象付けをしている。サブなのに活躍したのだから、冨安選手が戻ればもっと日本は強いというニュアンス。これが、日本代表全体に対する記事中の表現であれば良い。しかし、この記事は、植田選手の活躍に関する記事である。その中で日本代表の層の厚さを書きたいがために、結果的に植田選手をけなすような印象の記事となってしまっている。もう少し書きようはあるであろうに。