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技能不十分なら高齢ドライバーの免許更新認めずは感情的には分かるが…平等なのか


やりたいことは理解できる。しかし、平等を追求すると、これは難しい問題をはらむのではないだろうか?まだ確定ではないので、色々変わっていくのだろうが…

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免許更新が認められないケース

運転技能検査の対象は、例えば過去3年程度に信号無視や大幅なスピード違反など、特定の違反歴がある人に絞り込む方向で、年齢は75歳以上か80歳以上が想定されている。

なるほど、妥当に見えるが、75歳未満で、過去3年程度に信号無視や大幅なスピード違反した者は、なぜ対象にならないのか分からない。歳をとると、過去3年程度に信号無視や大幅なスピード違反する者が増えるのか?

検査は繰り返し受けられるが、著しく技能が不十分な場合は、免許の更新を認めないということで、これまでよりも更新の条件が厳しくなる。

これがちょっと微妙な定めであって…実車試験に合格しないと、免許更新が認められない、つまり今後運転できないということ。まあ、これも当然な気がしないでもないのだが…ペーパードライバーでこれら高齢者より運転が下手な者はどうすれば良いのだろうか。自分がそうだが、検査に合格できない自信がある。

平等性

現在は、免許を取ってしまえば、その後の運転能力について問われることはない。しかし、この運転試験が導入されたら、ある年齢未満ならば受験不要な試験を、その年齢以上だと受けなければならなくなる。このこと自体、理解できないわけではない。理解はできるが、しかし、年齢だけで区切ることが、平等の観点からどうなのだろうという思いがする。

検査は繰り返し受けられるが、著しく技能が不十分な場合は

この部分がポイントなのかもしれない。ペーパードライバーでも高齢者でない人は、運動能力等が高齢者より高いはずなので、練習すればすぐ技術が十分になるでしょという理屈だろう。やろうとしていることは分かる、分かるが、やはりこの区別は単なる区別と言って良いのか納得することが難しい。

ペパードライバーには関係ないこと?

まあ、自分はペーパードライバーで、運転する気はないから、事故も起こさない。だから金色のカードが続く。しかし、何か必要があって運転しなければならないことになったら、合法的に運転できる。なぜなら免許があるから。しかし、その運転能力は全く満たない。おそらく、高齢者で運転試験を受ける人よりも能力は格段に劣るだろう。それなのに現行も、今後高齢者の運転試験が導入されても、運転してよいことになっている…本当に運転して良いのだろうか?

やはり微妙に引っかかる

この高齢者のための運転試験を、高齢者に限る意味がわからないと言えばわからない。免許更新者全員に課せばよいのではないだろうか。まあ、コストむちゃくちゃかかるけれど。そもそも、「検査は繰り返し受けられる」というが、毎回受験料かかるのだろうなぁ。そういう形でふるいにかけるのは、何かちょっと悲しい。自分は高齢者ドライバーではないし、そもそもドライバーでなく、ペーパードライバーなのだけれど、だからこそ、何か平等性で引っかかりを覚える。