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森保監督の敗戦コメントに「球際」が頻出する意味


U-23アジア選手権初戦のサウジアラビア戦で黒星となった森保一監督は「球際のところから崩していけるように、勝ち点3取れるように準備していきたい」とコメントしている。これに限らず森保監督は、代表戦のコメント、特に敗戦コメントで「球際」という言葉を多用している。大好きである。これにつき考える。

森保一監督コメント

この中で、次のように書かれている。

「球際のところから崩していけるように、勝ち点3取れるように準備していきたい」と指揮官。

今回の試合は、確かにそうだったかもしれない。しかし…

過去の森保監督代表戦コメント

見出しだけでも、「球際」について語る記事は、いくつか見つかる。

 東アジアE―1選手権韓国戦(2019.12.18)

試合前

森保監督“初の日韓戦”で覚悟厳命「球際で激しく厳しく粘り強く」― スポニチ Sponichi Annex サッカー

試合後 

森保監督「一睡もせず」帰国即視察 韓国戦敗因に「球際」対抗へ「技術力」 : スポーツ報知

コパ・アメリカ2019チリ戦(2019.6.17)

森保一監督「球際ではやれていた」。久保建英は「相手守備を混乱させた」【コパ・アメリカ】 | フットボールチャンネル

国際親善試合ウルグアイ戦(2018.10.16)

森保監督「アグレッシブに球際を戦う」一問一答2 - 日本代表 : 日刊スポーツ

「球際」とはつまり「デュエル」のこと

森保監督が口にする「球際」とは、ボールを挟んだ相手選手との1対1の攻防のことを言い、これは、2018W杯ロシア大会直前に解任されたハリルホジッチ元日本代表監督が強化しようとしていた「デュエル(対決)」と同じ意味である。球際は、選手1対1の攻防であるので、これは、各選手で強化すべき戦技である。

森保とハリルの球際に対するスタンスの違い

ハリル監督は、代表入りを目指す選手に対し、明確にデュエル力を要求することを公言していた。一方、森保監督は、球際について、戦術面の分析要素として捉えたコメントをしている。もちろん球際の攻防は、その強さにより戦術に影響を与えるのであるが、ハリル監督は、自らの戦術において、デュエル力の強さが必須の戦技であるため選手にそれを求めている。しかし、森保監督は、試合前後の分析に球際を重要な要素として組み込むも、戦技として球際を捉えず、その強化についてのコメントは見られない。これでは球際を代表戦の戦術面のポイントとしていくら語っても、球際は強くならないだろう。

東アジアE―1選手権韓国戦前後のコメントから見えること

先に挙げた、 東アジアE―1選手権韓国戦前後の2つの記事が森保監督の「球際」に対するスタンスが見える。

試合前

宿命のライバルとの一戦を前に「メンタル的なところで“やれる”という自信を持って臨んでほしい。それと、バトルをする。球際で激しく厳しく、粘り強くというところを覚悟して臨んでほしい」と語気を強めた。

球際で勝つぞという指揮官の意気込みがうかがわれる。

試合後

「序盤の球際で負けた」。改めて韓国特有の圧力に屈したことを敗因に挙げたが、同時に攻略法も感じた。「割とスペースもあったし、時間もあった。自分たちのミスで(相手に)チャンスを与えていた」。立ち返ったのは「技術力」だ。「間違いなく(日本の)特徴だし、目を向けなければいけない。良さをどういう形で発揮させるか」
 バヒド・ハリルホジッチ元監督(67)は体格差がある相手にも「デュエル」と呼ばれる1対1の真っ向勝負を挑んだが、森保監督は「技術力」で対抗する。

記者が、コメントをバラバラにして、いじってしまっているので、分かりにくいが、球際で負けることが分かったので、技術力で対抗すると言っている…のだが、実際のニュアンスは違うようだ。次の記事で同じく日韓戦後の森保監督の球際についてのコメントがある。

選手には、技術、戦術の前に球際の戦いがあると伝えました。選手も覚悟を持って闘ってくれましたが、韓国に上回られたということだと思います。日本が引き分けでも優勝という状況で、韓国は激しく厳しく圧力をかけてくることは予想できたこと。そこで上回れなかったということは、準備がうまくいかなかったことになる。監督として反省しています

韓国より「強度で劣る」のには理由がある。森保Jの本質的な問題|サッカー代表|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

また、上記記事には、次のような記載もある。

引き分け狙いではなく、アグレッシブにいくことを共有して選手をピッチに送り出しました。ですが、少しタイミングが遅れたり、強度が足りなかったりしたために、局面で上回られてしまった。この強度に打ち勝つことと、技術を生かしていくことの両方を兼ね備えていなければ、国際大会では戦えない

森保監督としては、球際は捨てていない。しかし、技術も重視すると言っている。ただし問題なのは、やはり球際を戦技としての要素としては捉えておらず、球際について、「引き分け狙いではなく、アグレッシブにいくことを共有して選手をピッチに送り出しました」で済ませていることである。直前に球際の強さ求めてもどうしようもない。というより、球際の強さを戦技ではなくアグレシッブさという精神論として語っている点が、意図的かもしれないが、指揮官としてまずい。球際の強さは技術であり、ピッチに送り出す際に意識共有してもどうしようもない。

ハリルの手前、できないのか?

W杯直前に解任したハリルホジッチ元監督が、何度も強調したデュエルと同じ意味を持つ球際。解任した協会側にいた森保監督としては、個人の能力である戦技として、その重要性を語ることは、自己否定になりうると考えるためにできないのかもしれない。それならば球際という言葉を使わなければ良いと思うが、会見等で繰り返し出てしまうあたり、日本代表において避けては通れないポイントであることが分かる。