時々のこと

子どものサッカーについて。小学校から遂に高校までたどり着きました。その他時々のこととか。

コロナ蔓延下のバンクシー作品の多様な解釈可能性:本音と建前


コロナウイルスに対応する医療従事者のことを描いたと思われるバンクシーの新作。
これ、医療従事者に敬意を示したと時事通信は書いているが、この絵は、医療従事者を一時のヒーロー扱いするのは愚かであるという意味も見て取れる。

時事通信社の解釈

正体不明の芸術家バンクシーは6日、新作を発表しスーパーマンのようにマントを羽織って空を飛ぶ医療従事者の人形で遊ぶ男児を描いた。医療従事者に敬意を示したものとみられる

子供が、バットマン、スパイダーマン等のヒーローの人形という他の選択肢もある中から、医療従事者の人形を選んで遊んでいるということが、医療従事者に敬意を示すと解釈するものである。

社会風刺的解釈

この絵では、子供のおもちゃとして医療従事者が扱われている。もちろん、彼女はヒーローとして扱われているのは事実である。それは、籠にバットマンやスパイダーマンの人形が入れられていることから分かる。彼女は、バットマンやスパイダーマンと同列なのである。しかし、他のヒーローであるバットマン等が、籠にあまりにぞんざいに入れられていることには、どのような意味を持つのかを考えると、バンクシーが言いたいことは、医療従事者への敬意などではないと読み取ることができるだろう。この子供は、新しいヒーローである医療従事者の人形を手に入れたら、それにばかり好意的興味を示し、これまでヒーローとして扱ってきたバットマンやスパイダーマンのことを一顧だにしなくなったというストーリーを見出すことができる。これは、しばらくしてまた新しいヒーロー人形を手に入れたら、この子は、医療従事者の人形もバットマン等が待つ籠に放り込むことを暗示している。

つまりこれは、人々がいま、医療従事者をヒーローと崇めているように思えるが、これは一過性のもので、コロナウイルス禍が落ちついて、しばらくすると、医療従事者のことなど、どうでもよくなるだろうと予測する風刺画であると解釈すべきである。一方、医療従事者の方々は、昔も今もこれからも、持ち上げられようがされまいが関係なく、変わらず医療に従事して行くのである。自分が緊急事態にあって必要とする時だけ持ち上げるヒーロー扱いの愚かさ、これがバンクシーのこの絵に込めた思いであろう。

医療従事者も普通の1人の人間

今、新型コロナウイルス治療の最前線に立たされている医療従事者は、たまたまその職業についていて、たまたまこの2020年にも従事していただけである。彼ら彼女らは、我々と異なる特殊な力を身につけた者ではない。そのような者たちを偶像として持ち上げることの意味を考えなければならない。医療従事者も1人の人間であり、治療活動を離れたら、プライベートのある1人の人間なのである。第三者が、その点を見ずに、人類全体のヒーローのように見ることは適切ではない。

時事通信社が「敬意を表した」とのみ解釈した理由

時事通信社の記者が、この絵が医療従事者をヒーローとして持ち上げることの愚かさについて描いていると気づかないわけがない。これについて言及しないのは少し不自然である。その意図はわからないが、単に分かりやすいからという理由かもしれない。しかし、やはりこの絵画の持つヒーロー扱いに対する批判的視点についても、補足的にせよ記すべきではないだろうか。

医療従事者は、使い捨てのヒーローではない。
自分と同じ、今を生きる生身の人間なのだ…と。これについて、もう少し考えてみる。

タイトル?「Game Changer」

バンクシーは、この作品をイギリスの病院に贈るとともに、インスタグラムにもその写真を公開している。そのインスタには、「Game Changer」とのみコメントされている。これは、流れを変える者という意味である。このコメントを見る限りにおいては、バンクシーは、この絵にこめられる思いの第1番目は、医療従事者への期待と感謝の気持ちになるのだろう。時事通信社は、絵から読み取れるもの以外に、これらの情報を加味して、「医療従事者に敬意を示したものとみられる」と書いたのだろう。
しかし、このインスタ、もう1つの仕掛けが施されている。上げられた写真は1枚ではなく4枚である。1枚目は、この絵の全体。2枚目は、医療従事者の人形を持つ少年の顔のアップ。3枚目は、医療従事者の人形のアップ。4枚目は、打ち捨てられたバットマンとスパイダーマンの人形のアップ。この4枚続く写真の流れの意味するところは何かを考えることは意味がある。そもそも1枚、全体を表す写真のみ上がれば良いはずなのだから。また、「Game Changer」という言葉は、流れを変える人という意味であるが、これは、当初は本流ではなかったということである。本流の者たちの手では、もはやどうにもうまくいかないから、「Game Changer」を前面に出すということである。ここにも素直に医療従事者礼賛の画とは言えないものがある。

BBCの解釈

この記事によると、バンクシーは、この絵画を病院に送った際にメモを残していたということである。

バンクシーは、「あなた方のご尽力に感謝します。白黒ではありますが、この作品で少しでも現場が明るくなることを願っています」と、病院関係者にメモを残していた。

このメッセージからは、バンクシーのこの絵にこめた意味は、ポジティブなものであることになる。

時事通信社の解釈再考

絵画送付先の病院へのメッセージとインスタのコメントを合わせ鑑みると、少なくとも言葉としては、バンクシーは、この絵画にポジティブな意味をこめているとしか言っていない。故に、時事通信社としては、絵から受ける他の解釈については、理解したとしても書くことを控えたのだろう。

解釈が多様であるからこそ芸術

病院へのメッセージやインスタグラムのコメントを言葉で書いても、バンクシーの一番の表現は、絵で表現することであるから、絵から受けるものがバンクシーの作品のメッセージと考えるべきである。絵画送付先の病院へのメッセージとインスタのコメントを合わせ鑑みると、少なくとも言葉としては、バンクシーは、この絵画にポジティブな意味をこめているとしか言っていない。故に、時事通信社としては、絵から受ける他の解釈については、理解したとしても書くことを控えたのだろう。しかし、バンクシーは社会風刺をこめた作品を多く描いている。メッセージやコメントでは、医療従事者に対しポジティブに感謝の気持ちを言葉で表現しながら、絵画では、その感謝が一過性に終わることを皮肉として表現しているという解釈もできる。打ち捨てられたバットマンとスパイダーマンの人形がわざわざ描かれていることから、この解釈もなされることはバンクシーは承知しているはずである。

本音と建前の対比からくる解釈

医療従事者に対する感謝:医療従事者を緊急時だけ持ち上げるという気持ち

という対比構造は、

絵に対するメッセージやコメントでポジティブなことを言う:絵自体にはネガティヴなメッセージを隠す

という対比構造と本音と建前を並べるという意味で似た構造になっている。こう考えれば、この「Game Changer」とコメントされた作品は、絵画に添えられた病院へのメッセージやインスタグラムのコメントも含めて成立する風刺作品であると解釈することが可能である。

バンクシーの国籍を考慮すると日本人には理解できない意味が込められている可能性も

絵にこめられたメッセージは、作者の育った環境、つまり文化に依存する。バンクシーの国籍は英国と言われる。日本人としては、人類に普遍的な部分については理解できるが、英国文化に根ざす考え方については、理解することは難しいだろう。この絵に政治的なメッセージがこめられているとしたら、上に示した医療従事者をヒーローとして崇めることの愚かさについて描かれているという解釈についても、作者から見れば的外れだなぁとなるかもしれない。しかし、これは絵画の限界でもあり、可能性でもある。強いメッセージ性を帯びた絵画であれば、文化背景の違いで、捉えられ方が変わることはよくないとも言えるが、本当に伝えたい者にメッセージが伝われば、その他の者にはどのように受け取られても良いとも言える。バンクシーのこの作品では、医療従事者の方々に対する感謝と、医療従事者を、必要な時だけ使い捨てにすることはあってはならないという少なくとも2つのメッセージが見て取れる。鑑賞者それぞれの立場によって受けるメッセージが異なるということ、及び人の言うことには本音と建前があるということを、バンクシーはこの作品で表現しているのではないだろうか。

白黒のダブルミーニング

先に挙げたバンクシーのコメント「白黒ではありますが、この作品で少しでも現場が明るくなることを願っています」を、風刺的に考えると、描かれた子供は白人のブルーワーカー、看護師は有色人種と見ることができる。これは、イギリスにおける医療の実態、つまり、感染するのは貧困層、看護するのは有色人種ということを、「白黒ではありますが」というコメントに込めているとも解釈できる。「白黒ではありますが」という句はなくとも意味が通じるところ、あえて入れているのだから。

さらなる本音と建前の対比

BBCによると、病院側は、次のやうなコメントをしている。

この作品は、病院内のすべての人にとって本当に価値あるものになるでしょう。医療従事者は多忙な日々の中で、立ち止まり、じっくり考え、この芸術作品に感謝する瞬間を得るでしょう。それに、当病院で働く人や治療を受ける人全員の士気をものすごく押し上げてくれることは間違いありません

その一方、次のようにも書からている。

この作品は今秋まで同病院に飾られ、その後はNHSのための資金を調達するためにオークションにかけられるという。

これは、バンクシーのこの作品から精神面で得るものは大きいとしつつ、なぜか恒久的に展示するということはせず、半年も経ずにオークションにかけるという。バンクシーのこの作品から金銭面で得るものは、精神面で得るものより大きいと判断しているからであろう。もうすこし突っ込んで考えれば、医療行為は、今後もずっと続くにも関わらず、たった数ヶ月しか飾らないのであるから、精神面で得るものなど僅かだと考えているとも取れる。ここにも本音と建前が現れている。この作品、奥が深いのである。

本音と建前の整理

バンクシーの医療従事者の新作の建前と本音の整理。

【絵の中の子供】
医療従事者をヒーロー視:ヒーローは使い捨て

【バンクシー】
手紙等による感謝の意:画による社会風刺

【作品を贈られた病院】
精神面で得るもの大:金銭面で得るもの大