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タケノコ掘りのついでに埴輪掘りの親子の罪


奈良県というのは特殊な県なのだということは分かった。しかし、県民の意識が低過ぎる。

記事

5世紀後半

倭王武の頃である。この頃のことはあまり分かっていないが、だからこそ古墳の発掘品は重要な時代の証拠になるはずである。

奈良県民における埴輪の価値

まあ、一括りにするのもなんだし、大人の言い訳にも聞こえるけれど、奈良県は1300年前の香りを残す立派な遺物が数多く残っており、また、古墳も入れれば1500年前という更に昔の遺構もあちこちにある。このような、掘れば何かしら出てきそうな土地に住めば、放置された埴輪などは、学術的価値がないために放置されたものと認定されてしまうのであろう。逆に言えば、貴重なものがそんなところに放置されているわけはないという感覚。その他県民からしたら、家の庭掘って古墳時代の何かが出て来るなんて普通は想像できない。明治以降というか、昭和時代の何かが出てきても、「おおっ」となりそうである。とはいえ、埴輪といっても、動物や人をかたどったものではなく、円筒埴輪なので、まあ素人目には、大したものではないと思っても仕方ないとは思う。いや、やはり奈良県民以外の感覚ではそれはやはりありえない。

そもそも学術的価値の問題ではないけれど

ただし、親がどんな言い訳をしようとも、立ち入り禁止の場所に立ち入り、そこの埋蔵物を持って帰るということ自体が言い訳できないことである。そもそもの目的がタケノコ盗りという窃盗の構成要件に当てはまる行為を親同伴で企画し、実行したことは奈良の特殊性は関係ない。

罪の意識が高いのか低いのか

「子供たちが持ち帰って接着剤で組み立てた。破片とともに元の場所へ戻した」とあるので、意識的にはまずいことをしたと思ったが、それでもそれほどのことではないだろうという考えだったのだろう。

親の言い訳も、

「貴重なものは埋まっていないと思っていた。軽率なことをした」と釈明。「新型コロナウイルスで遊びに行けない子供たちにタケノコ掘りを体験させてあげたかった」とも書かれていたという。

と、なぜか教育熱心な親風になっている。これが全文ではないが、不法侵入と窃盗行為には全く触れていない点があざとさを感じる。

町の対応

町教委は、「看板を立てるなどの対策を取り、再発防止に努めたい」としている。

これでは、町の考えも親とあまり変わらないのだろうなと。町教委も、これら円筒埴輪にあまり歴史的価値を見出していなかったのだろうと分かる。しかし、だからこそ、この行為は、不法侵入と窃盗の面で問題であるとちゃんと言うべきである。看板を立てるというのは、一応、その意味が込められているだろうが、消極的主張に過ぎる。