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上沼恵美子のカジサックに対する矛盾に満ちたマウント


上沼恵美子氏がカジサックことキンコン梶原雄太氏を降板させた件。芸能界の力学というなら仕方のないことなのかもしれないけれど、収録中にそれを吐き出すとか、しかも放送ではカットされ内容が外に漏れてしまうとか、全然プロじゃない。

上沼氏の発言

何とも整合性の取れない発言である。

「私、本番中って芝居ですから。本番に入ると無礼講だと思うんです。例えば、祗園が私に『おばはん』って言っても構わない。そういう姿勢で四十何年仕事やってます。私は一生懸命、全力投球しているので、それに対してむかついたりとかはない。テレビでむちゃくちゃ言うて悪いなとは思いますけど、これは芸でございます。皆さん、そこは勘弁してください」

自分も毒を吐くけど、それは芸だと。

「でもね、こんな時代になると、人柄みたいなものは絶対に伝わる。ごまかしは利かない。祇園も今は低姿勢で謙虚。これは絶対に守らなアカン。裏切っちゃダメですよ。偉くなって売れるようになって、年収が上がったとしても、テングになったらアカン」

低姿勢で謙虚、これは守れと。

上沼氏の言っていること

上沼氏の発言を整理すると、次のようになる。
本番中の発言は全て芝居で、必ずしも本心ではない。しかし、本番を離れたら、低姿勢で謙虚でなければならない。
これ、かなり卑怯なことを言っている。本番中でどんなに苛烈に相手を責めても、それはあくまで芸であり、演じているのだと。だから、テレビでむちゃくちゃ言って、本心では悪いなと思っているが、そういう芸なので許してくれと。どういうことなのだろう。イジメも芸になりあるということ?これはかなり悪質な手法。胸を張れる芸だと言うならば、放送されなかったというところも含めて芸を見せてくれないと。

上沼氏の言う謙虚

上沼氏の言う謙虚というのは、先輩に対する礼儀ということなのだろうか。それとも、使ってもらっている人に対しての礼儀ということなのだろうか。なんとなく上から物を言っているように思える。上から物を言うということ自体、謙虚さに欠けると普通は言う。故に、上沼氏の言う謙虚とは、下の者が上に対して気を使えと言う命令。それを、上の者が言うという地獄。まあ、本人も言う通り、人柄みたいなものは絶対に伝わる。ごまかしは利かない。上沼氏の人柄がわかる。

最大の矛盾

まあ、最大の矛盾は簡単で、立場が下の者には、低姿勢で謙虚でなければならないと言う同じ口で、自分がテレビで相手をむちゃくちゃに言うのは芸だから許せと言っているところ。ナイツやサンドウィッチマンのような芸は無理としても、相手の嫌がるところをつくことが笑いだと言う感覚はおかしい。万一それを面白いと受け入れる層があったとしても、ならば自分がバカにされたと思っても、それを表に出してはならず、受け入れるべき。ところがカジサックの件では、そこにカチンと来たらしい。自分がするのは良いけど、されるのはダメというダブルスタンダードをさらけ出したのは醜い。いや、こういう芸なのか?矛盾というお題の大喜利というなら分からなくもない。質が悪いということは変わらないが。

使い分ける時点でアウト

人を追い詰めることを、番組内でやれちゃうのは、陰でやる以上に危ない性格。それを使い分けていると言わんばかりに言い訳するのは、もはや危険人物確定。本当に電波に乗せるべき芸なのか。本当に面白いのだろうか。