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校長もいざとなると地の性格が出る


島根県立情報科学高校長(58)が、鳥取県警にひき逃げの疑いで逮捕された件。校長と言っても、コトが起きれば、威厳も何もなくて、ただの人になることが分かる事件。

記事

校長としての威厳の崩壊

事故時には人だとは思わなかった

短い記事だが、もうこの記載だけでダメだ。典型的ひき逃げ犯の理屈。ただし、この校長は、自分の罪を逃れたい意識はあるが、他人の身体、生命を尊重する意識は持っていたようで、

署員が駆けつけた際には鳥居容疑者は現場にいた。

となっている。やってしまったことに対する自責の念は、不十分かもしれないが恐らくあるということ。それとは別に罪から逃れたいという気持ちもあるということだろう。この2つは両立するので、このような行為はあり得る。

どうせ戻るなら、やってしまった時に、すぐ停止して被害者に対し適切な行動を取るべきであった。なぜなら、それを法が求めているのは、被害者を救うことが最優先される事項であるから。この校長は、単に弱かった対あるかもしれないが、やはり人として間違っているし、校長としては、もはや生徒に何かを説くことはできなくなった。

言行不一致

鳥居俊孝容疑者は、高校のページに「校長室だより」というページを持っており、その2月3日のページには、

現在、学校教育全体で「対話によって学習を深めていく活動」に取り組んでいるわけですが、そのような対話が成立するためには「多様な考え方、見方が存在する」ことが前提となります。自分の考えとは違う考えかたがあるのだということを肯定すること。他の考え方はないだろうかと自ら考えてみること。そうすることによって初めて対話によって学習が深まり、クリティカルシンキングやクリエイティブシンキングの能力が身につくのだと思います。

と書かれている。車に何かぶつかったなと思ったら、それが何かは確認するという考え方をこの校長は持っていなかったというコトだが、どうなのだろう。それを多様な見方と肯定することは無理。クリティカルシンキングを行ったら、「事故時には人だとは思わなかった」などという自分がどう思ったかなどは捨てて、すぐ現場を見て、客観的事実で判断するはずである。この人にクリティカルシンキングやクリエイティブシンキングを語ってほしくない。机上の空論はできても、実際それを適用できていないならば、意味がないと。ただし、署員が駆けつけた際には鳥居容疑者は現場にいたということなので、「事故時には人だと思わなかった」という発言の「事故時」というのは、ぶつかって、逃げてしばらくするまでということだろう。逃げた後、戻ってきているのは、その間に人だと思ったということになる。一応、ぶつかった時は、気が動転したか何かで逃げたが、クリティカルシンキングした結果、人を引いた可能性が高いとなったと言えるのかもしれない。

前だけ見るのではなく振り返りも必要

1月12日の「校長室だより」には、次のように書いている。

物事に主体的に取り組む力、他者と協働して物事を成し遂げる力、新たな価値を生み出 す創造力。これらは本校で「生徒に身につけさせたい資質・能力」としているものです。 身についたものだけが財産。不確実で先が見通せない時代だからこそ、生徒たちには自分 の中に「確実なもの」を身につけて欲しい。

この校長は、外面はポジティブモンスターなのだけれど、根っこは弱い人間なのだろう。というより、普通の人間といった法が良いか。人間、前を向くだけでなく、振り返ることも必要だと分かっているはずなので、今ならより深いコトが言えると思うが、残念ながら犯罪を犯しているので逮捕されてしまい、その機会は失われた。

鳥取と島根

サッと読むと見過ごしそうであるが、校長の勤務する学校は島根県にあり、校長の自宅住所と逮捕された県警は鳥取県。県立高校の校長の住所が県を跨いでいるのかと少し驚くが、学校も自宅も県境にあるので理解できる。ただしその違いに気づかないくらい、鳥取と島根はパッと見似ている。