日本語と少年サッカー

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サッカー報酬の男女差は差別か


 

 

 

 

記事

ポイント2つ

1.同じにする姿勢

オーストラリアのサッカー連盟は、女子代表の報酬について男子代表との格差を埋め、同じ水準の金額を受け取れるようにすることで新たに選手側と合意したと発表し、スポーツ界における男女格差の解消に向けた重要な一歩と受け止められています。

男女差を無くすことは良いことだと思う。オーストラリアサッカー連盟がこの判断をして取り組んで行くのは間違い無く良いこと。しかし…

2.比較対象

今回の合意は、世界のスポーツ界における男女の賃金格差解消に向けた一歩と受け止められています。

この内容の文章は、上にも書いたが、〆でも再び書かれている。果たしてそうか?問題は男女の賃金格差なのだろうか?例えば、オーストラリアにおけるマイナースポーツの男子選手の賃金は、サッカー女子選手より常に多いのだろうか。賃金格差には、男女の区別以外にもスポーツ間のもの、その他の区別がある。その中で、同じスポーツならば男女同じであるべきだが、異なるスポーツ間は差があって当然というのは成り立つのだろうか。

根本にあるもの

報酬にしろビジネスクラス利用にせよ、お金の話である。ここで、なぜこれまで男女差があったかを考える。サッカーで言えば、オーストラリアサッカー連盟にお金をもたらしてきたのが、男子選手だったからであろう。多く稼ぐ者に高待遇を与えるのは、財務管理をする際の基本である。オーストラリアサッカー連盟という括りだから男女平等という話になるのであり、別な完全に別の組織であれば問題にならない。これが、他のスポーツとの格差は問題にならないということにつながる。不人気で連盟にお金をもたらさないスポーツは、男子であってもサッカー選手並みになどならない。それどころか手弁当で持ち出しであったりする。しかしサッカー選手並みの報酬を得られないからと提訴する者はアメリカにもいないはず。これがなぜかを考えれば、サッカー選手の報酬の男女平等についての別な見方ができる。

なぜ男女差別を持ち出すのか

例えば、野球のプロチームで1軍と2軍で報酬格差があるのは差別とは言わないし、Jリーグ選手でJ1、J2で差があるのはおかしいという人もいない。そもそもJ1の選手個々人の報酬がバラバラである。なぜ代表チームだとそれが問題になるのか。考えられるのは、代表チームの仕事は、そもそも選手本来の仕事ではなく、強制的にやらされるものだという考え。強制的にやらされるのであれば、男子も女子もやりたくないのは同じなので、無理にやらせるのに報酬に差をつけることは許されない。もしくは逆に喜んでやりたがるものであれば、そこに差を設けるのもおかしいとも言える。このように考えれば、男女に差があるのはおかしいと言える。しかしそうでなく、代表チームも、資本主義の上に成り立っているのであれば、男子代表が連盟にもたらす金銭と女子代表がもたらすそれが異なる場合、差をつけることが合理的である。この問題を資本主義の論理で考えて良いのかという問いが残るが。

賃金格差はサッカー選手の男女平等だけではない

結局、この問題は、サッカー選手の男女平等の中で語るべき問題ではないと考える。ただし、当事者はそれを持って交渉なり裁判をすれば良い。しかし、これは記事が繰り返し書くように、世界のスポーツ界における男女の賃金格差解消に向けた一歩でしかない。他の賃金格差は全く考えていないのであるから。