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不安に対して怒りで返す知事


新型コロナウイルスに関して不安を感じる人々に対して、「怒りを感じる」とコメントする知事。怒っても何も解決しないことを知らない人が知事をやっているのか。記事からは、単にこの知事が常識のない人にしか思えない。しかも、県知事が町のことに口を挟んでいるし。

記事

死亡例もあるウイルス

新型コロナウイルスは、死に至る可能性もあるウイルスで、未だどれだけ広がるかわからない状況である。マスクの効果さえあるのかないのか定かでない状況で、極力感染しないための行動は、命を有する生物であるヒトのリスク回避行動として理解しなければならない。

どのような行動を求めているのかを明らかにすべき

知事は、自分が不快に思った行為に対して、怒るのではなく、どうすべきかを語るべきである。怒りの感情の爆発は、ぶつけられた方に理性的行為を期待しないときに用いるのであって、相手に何らかの行為をしてもらいたいのであれば取るべきでない表現方法である。結局、この知事は、怒って何をしたかったのだろうか。記者もそこには興味がないようで、書かれていない。記者は単に知事が、自分の職務範囲外の町に対する知事が"地元いじめ"と考える行為に対して、怒ってやんの…ということを書いておしまいである。

正しい対応を言うべき

知事は、自らが怒りを感じる行為それぞれに対し正しい対応を語るべきである。例えば、ドローンは何故飛ばすべきでないか、返礼品を拒むのは何故ダメなのか、病院の患者の住所を教えることは何故ダメなのか…聞いている側は、命がかかっていると考えているのであれば、常識だろと言っても納得できないと考えるべきである。少なくともこの病院で発症しながら解熱剤で勤務を続けた医師の対応は最悪であった。これに恐怖を覚えた人々に対し、怒りを感じるだけでおしまいとは、知事としてすべきことをしていない。どうすべきかを言うべきである。それこそ、知事はこの町から離れたところにいるからそんなこと言ってられるのだと言われるだけである。

先が見えない恐怖を抱く人々を許容できない人がトップ

先が見えない恐怖を抱く人々への対応が、怒りを覚えるだけでおしまいの人が県の行政のトップにいることは、和歌山県民の不幸である。

記事になっていないこと

まあ、これ、記者が遊んでいる可能性もあるわけで、記事になっていない知事の言い分をちゃんと聞けば、知事の発言に合理性があるのかもしれない。しかし、記事からは、知事が合理的な人であるとは思えない書かれ方である。