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岡崎市康生町という家康生誕地の名前の違和感


岡崎市には「康生町」という名前の町がある。岡崎城郭内の地名。岡崎城は家康が生まれた場所。だから「康生町」。ここまではなるほどと思うのだが、何か違和感がある。違和感の正体は、"地名を聞いただけでは家康の生誕地とはすぐ分からない"こと。

江戸時代はそこに地名などない

岡崎城は岡崎城なのだから。つまり、康生町は、明治時代に付けられた名前。明治時代は、大政奉還により始まっている。徳川時代が終わり明治時代が始まったタイミングで康生町という名前が付けられたのであれば、違和感の理由が分かる。

康生町とは由来を知らなければ分からないが、知っていればすぐ分かる

明治政府にとっては徳川は敵。その敵側の始祖が家康。だからこの岡崎城の場所も、家康と全く関係ない名前とすることもできた。しかし家康生誕地と分かる人には分かるが、分からない人には分からない絶妙なネーミングで攻めてくる。康生町と名付けた人は天才である。しかしこのネーミングの天才ぶりはそれだけではない。

家康町にしても良かったはずだが、していない

家康が生まれた場所ということをほのめかすのは、明治政府的には良くない。敵の先祖を記念するような地名になるのだから。この町名が、家康町の様な、そのまんまの名前でないところがポイント。

国家安康 君臣豊楽

大坂冬の陣の原因となったと言われる方広寺鐘銘事件。これは、「家康」という名を分断しているということで、家康が激怒したということだが、それが意図的なのか無意識かはともかく、そういう考えがあることを踏まえると、「康生町」という地名には「家康」の「家」の字がない。つまり首がない状態である。明らかに家康の生誕地という意図を含んだ地名であることから、この「康」の字は家康のことであるので、「康生町」は、家康の首をハネた、つまり徳川幕府を滅亡させたことを町名に折り込んでいるのである。故に家康にちなんだ地名でありながら、明治政府的にもOKな地名なのである。この地名を考えた人のネーミングセンスはホントすごい。

 

歴史的考察ではなく、地名からの連想ではあるが、岡崎市康生町は、中々物語のある町名である。