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神戸教師イジメにおける四者四様の謝罪コメント


神戸市立東須磨小学校の教員間暴行・暴言問題を巡る保護者説明会が開催され、加害教員4人の謝罪のコメントが読み上げられたとのこと。

このコメントを見ただけでも首謀者は誰か分かるというほど個性にあふれたコメントである。

神戸新聞の記事

非公開の説明会

非公開であるが長文が書き起こされているので、録音されたものなのでしょう。非公開なばに速記ができる人がまさたまたまいるとは考えにくいから。よって、正確な文として以下、国語現代文的に考察してみる。

反省が足りない印象の40代女性教員

明らかに30代男性教員ABCと、40代女性教員Dとは、謝罪のトーンが異なる。あくまで謝罪文から受ける印象であって、本心は分からないが、ABCは自分たちのしたことがよくないことであったと素直に認めているのに対し、Dは、言い訳のトーンを含んでいる。これは、被害教員へのコメント、子供たちへのコメント共に同じ傾向にあり、Dが他のABCと比べて反省していない印象を受ける文となっている。

反省が足りない印象の正体

子どもたちへのメッセージについては、次のコメントがあることで、反省が足りない印象を生んでいる。

悔いる気持ちが見られないこと

子どもたちを精いっぱい愛してきたつもりですが、他の職員を傷つけることになり、子どもたちの前に出られなくなり、申し訳ありません。

Dのコメントの特徴は、結果に対して謝っているが、自らの行動が間違っていたことに対する悔いる気持ちはほとんど見えてこない点にある。

言い訳じみていること

「子どもたちを精いっぱい愛してきたつもりですが」という言葉は、言い訳じみて見えてしまう。

被害教員のご家族に画像を見せられ、入院までしている事実と、苦しんでいる事実を知りました。本当にそれまでは、被害教員には自分の思いがあって接していたつもりです。自分の行動が間違っていることに気付かず、彼が苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけに本当につらいです。どうなっているのかと、ずっと思っています。

被害教員に対しては「被害教員には自分の思いがあって接していたつもり」や「かわいがってきただけに」という語を入れたことで、ほぼ全て言い訳の印象を受ける。

いや、家族に画像見せられるまで自分のしたことに気づかないとか異常でしょ。学校休んだと聞いたら直ぐピンとくるでしょ。

「本当に」の多用による嘘臭さ

「本当に申し訳ない」「本当にそれまでは、被害教員には自分の思いがあって接していたつもり」「彼が苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけに本当につらいです」というコメントが戦慄である。こういう時に安易に「本当に」という言葉を使ってはいけないと思わせるに十分なものである。この程度の短い文で3回も「本当に」という句を使っているのは、本当はそんなこと思っていないからだろうなと感じさせるくらい逆効果であり、怖い。

ダブルミーニングを感じさせる語の選択

「かわいがってきただけに本当につらい」という言葉も、Dの性格に対する怖さしか浮かばない。しかも「かわいがって」という言葉が、"愛情を持ってかわいがる"の意味ではなく、いわゆるイジメ的な意味での"かわいがり"の意味にも取ることができるので余計怖い。また、「どうなっているのかと、ずっと思っています」というコメントも、それまで痛み苦しむ姿を見て笑っていた性格からして、いじめの効果が出ていることを確認したくてしょうがないようなニュアンスさえ感じてしまう。つまり、被害教員が休んでしまうと、いわゆる"きいてるきいてる"を確認できないので、つまらないなとずっと思っていたと解釈できてしまう。謝罪コメントであるのに、その文中から被害教員に対する謝罪の気持ちが感じられず、とにかく恐ろしさを感じてしまうのである。

子供に対し先に謝ること

教育者としての立場からなのか、子供たちに対するコメントが先で、被害教員に対するコメントは後になっている。しかし、今回の場合、直接的な被害者は被害教員なのであるから、まず被害教員に対しコメントすべきである。現に他の三人はそうしている。この点からも、被害教員に対して許されざることをしたという意識がないと捉えられる。

際立つ首謀者らしさ

他の三人のコメントが、個性は異なるが似たり寄ったりなものであるのと比べると、本当にこの40代女性教員が首謀者なのだなぁと思うに十分なコメントである。

弱いながらもあるABC三人の個性

40代女性教員Dの個性が際立っているため、30代男性教員のコメントが、金太郎飴のように見えるが、それでも個性はみられる。

30代男性教員A

なぜか被害教員に直接謝罪するのではなく、被害教員の家族に対して謝罪している。これは恐らく、ここ数日、被害教員の家族からの抗議を毎日のように聞かされ、一方で被害者当人である被害教員は入院していて顔を合わせていないため、謝罪の相手を見誤ったのだろうと思われる。

30代男性教員B

三人の中では一番個性のない謝罪文である。ある意味、言葉上は謝っているが内心はうかがい知れないと思える典型的な文ともいえる。

30代男性教員C

「被害教員をはじめ、私の行動で嫌な思いを先生方にさせてしまい」というのは、問題となっている被害教員だけでなく、他の教員にもイジメを行なっていたとも取れる文である。複数の教員に対してイジメを行なっていたとも報道されているが、加害側からそれを肯定する意味を持ちうるメッセージが発せられたということだろう。

謝罪コメントを比べることにより分かること

同じことに対する謝罪文であるのに、それぞれ個性があることが、並べてみることでわかる。特に、40代女性教員の謝罪コメントが、他の3人と比べると、首謀者は彼女だなと思わせるに十分な異質さが見て取れるのは、並べてみてこそと言える。